ただ美しいだけじゃなくて、こういう惨劇があってはじめて俺は安心できるんだ。あまりにも神秘的で生き生きとした美しさだから、俺は逆にそれが不安でしょうがなかった。桜の樹の根っこがタコみたいに死体に絡んで、毛根がその液体を吸っている。桜の樹の下には動物や人間の死体が埋まっていて、それらが全部腐ってタラタラと液体を垂れ流してるんだ。古くから私たち日本人はこうした桜の花の儚(はかな)さに「人生」を重ねあわせたという。誰に教わったでもないのに、知らず知らずのうちにそういった感性を心の内に秘めている。いったいどんな作品なのか、読みやすさを重視して簡単に紹介していきたい。少し歩くと、今度は大量のウスバカゲロウの死体が水面にびっしりと浮かんで、油みたいに光っていた。桜は春になるとパッと咲き始め、やっと咲いたと思ったらすぐに散っていってしまう。語り手である「俺」が聞き手の「おまえ」に対して語るセリフがそのまま地の文となって小説を構成する。もし誰かと花見へ行ったときに隣でこんなことを熱弁されたら、その人とはちょっと今後の付き合いを考え直したくなるかもしれない。以上、かなり乱暴に要約してしまったが、だいたいこんな感じである。それが維管束を通っていきわたるから、だから桜は美しく咲くんだね。語り手は、桜の神秘的な美しさを「信じられない」ものと感じて不安になる。そういえばこないだ水辺で、ウスバカゲロウたちが空に飛んでいくのを見たよ。だからこそ「桜の樹の下には」で語られる主張にも、私たちはかすかな共感を覚えるのかもしれない。こういうものを見るとき、たしかに心がちょっとざわざわして落ち着かないような気分になったりすることもある。このような桜を中心とした死生観は、現代を生きる私たちにも脈々と受け継がれている。小説「桜の樹の下には」を読むと、そういった実体験に基づくかすかな感覚がたしかに思い起こされて、という突飛な主張にも、なんとなく「ああ、そうかもしれない」と不思議な納得感を得るのである。 小説「桜の樹の下には」を読むと、そういった実体験に基づくかすかな感覚がたしかに思い起こされて、 「桜の樹の下に死体が埋まっている!」 という突飛な主張にも、なんとなく「ああ、そうかもしれない」と不思議な納得感を得るのである。 Copyright © BOOKOFF CORPORATION. 桜の樹の下には 屍体 ( したい ) が埋まっている! これは信じていいことなんだよ。 何故 ( なぜ ) って、桜の花があんなにも見事に咲くなんて信じられないことじゃないか。 俺はあの美しさが信じられないので、この二三日不安だった。 All rights reserved.今年の春は、「桜の文学を楽しむ春」にしてみるのはいかがでしょうか?本作は、珍しい伝承や不思議な言い伝えを描いた「奇譚」のひとつであり、桜の美しさと武士の生き様が短い文章の中に凝縮された、「日本人の心」が劇的に描かれている秀逸な作品です。今回はこの中から、おすすめの4作品をピックアップしてご紹介します!満開の桜を想像しながら読んでみてください。怖ろしいほどに美しい桜の景色が、きっと見えてきますよ。という冒頭は有名すぎるほど有名ではないでしょうか。坂口安吾の『桜の森の満開の下』と間違えやすいのですが、「桜の樹の下に屍体が埋まっている」は本作が出典なんです。「十六桜」が収録されている、小泉八雲の『怪談・奇談』は「十六桜」の他にも「耳なし芳一」や「ろくろ首」など、日本のさまざまな怪談、奇談が収録されています。昔から伝わる日本の怪談や伝承が楽しめる1冊です!真っ盛りの満開の桜は、空気さえも神秘的にさせる。そして、満開の桜の下は静寂を感じさせるのです。桜がどれほど美しく、そしてどれほど人の心を掴んでいるのかを感じさせる一作。主人公である山賊と、妖しく残酷な山賊の女房を描いた幻想的な小説。美しすぎる桜の魅力に取り憑りつかれた作品たち。どれも有名な作品ですので、満開の桜に想いを馳せながら、ぜひ読んでみてくださいね。本当に短い小説で、3分くらいで読めてしまいます。ですが、短い中に梶井基次郎の桜への不安や、生と死の描写が生々しく描かれた小説でもあるのです。本書では、「十六桜」は「自分のものではない命で咲く花」だと書かれています。ほかの者の命で花が咲く、とはどういう意味なのか……ぜひ読んで確かめてみてください。桜の花は登場しませんが、太宰の父としての姿、夫としての姿、そして作家としての姿が垣間見えるような作品です。とても短い作品なので、ぜひ一度読んでみてください。ある日山賊は、殺した男の連れていた美しい女を女房にしたのだが、女はワガママで怖ろしいほどに残酷だった。女は山賊が家に住まわせていた七人の女房を次々に殺させていき……。『桜の森の満開の下』というタイトルのとおり、桜が満開に咲く森が登場します。桜が咲くのはわずかな間ですが、桜の時期に桜の文学を読むというのは風情があるなぁと思います。みなさん、お花見は行きましたか? 昔から桜は文学作品の題材として、多くの文豪に愛されてきました。ある山に山賊が棲んでいる。山賊は街道で人を襲って身ぐるみを剥がしては殺していたが、桜の森の下を通ると、いつも気が変になるような気がしていた。本作の他にも正岡子規や小林一茶などが、「十六桜」についての俳句を読んでいます。「十六桜」の不思議な伝承や、寒い時期に咲く特性は、多くの作家の創作意欲をかき立てたのかもしれませんね。テキスト、画像等を他所でご使用になりたい場合は、ブックオフオンラインカスタマーセンターまでお問い合わせください。花の下では風がないのにゴウゴウ風が鳴っているような気がしました。そのくせ風がちっともなく、一つも物音がありません。自分の姿と跫音ばかりで、それがひっそり冷めたいそして動かない風の中につつまれていました。花びらがぽそぽそ散るように魂が散っていのちがだんだん衰えて行くように思われます。(講談社版 『桜の森の満開の下』100ページ)ある家族を描いた作品であり、太宰の家族がモデルとも言われています。本作にちなんで、太宰の誕生日6月19日は「桜桃忌(おうとうき)」と呼ばれています。 えあ草紙で読む青空文庫(無料) 著者:梶井 基次郎 作品名:桜の樹の下には 底本:「檸檬・ある心の風景 他二十編」 旺文社文庫、旺文社 1972(昭和47)年12月10日 初出:「詩と詩論」1928(昭和3)年12月 文字遣い:新字新仮名 桜の樹の下には 屍体 ( したい ) が埋まっている! これは信じていいことなんだよ。 何故 ( なぜ ) って、桜の花があんなにも見事に咲くなんて信じられないことじゃないか。 俺はあの美しさが信じられないので、この二三日不安だった。