新・仁義の墓場の映画情報。62件のレビュー(口コミ・感想・評価)、内容・ネタバレ、あらすじ、予告編・予告動画、公開映画館情報、公開スケジュール、監督・出演者の関連映画情報、新・仁義の墓場の動画を配信している動画配信サービスの情報。三池崇史監督、岸谷五朗出演。 ギンティ小林「新・仁義の墓場」『映画秘宝』第32巻、洋泉社、2002年8月。 深作欣二、山根貞男『映画監督 深作欣二』ワイズ出版、2003年。isbn 978-4898301555。 『鮮烈!アナーキー日本映画史 1959-1979』洋泉社〈映画秘宝ex〉、2012年。isbn 4-86248-918-4。 対象商品: 新・仁義の墓場 [dvd] - 岸谷五朗 dvd ¥5,720 残り1点(入荷予定あり) この商品は、Amazon.co.jpが販売および発送します。 石川 力夫(いしかわ りきお、1926年 - 1956年 2月2日)は、ヤクザで、昭和20年代に新宿駅東口に一大勢力を築いた新宿「和田組」(組長・和田薫)の乾分幹部。 ヤクザの憲法である「仁義」に背いた反逆者として斯界の伝説になり、後に「仁義の墓場」というタイトルで半生が映画化された。 昭和二十六年一月二十九日、肺を病んだ体に鞭を打って保釈金を工面するなど石川を献身的に支え続けた地恵子は、心身を磨耗し尽くして自殺した。刑務所内で胸部疾患が悪化した石川が、病気治療のため仮出獄を許される、わずか三日前のことであった……一年後、すっかり身体を蝕まれた石川らは無断で帰京し、今井組の賭場で騒動を起こす。今度も石川をかばおうとした今井ではあったが石川の上京を嗅ぎつけた河田から牽制され、なんとか石川を東京から遠ざけようとする。不実を責める石川に堪忍袋の緒が切れた今井は彼をなじり、怒りに我を忘れた石川は今井を刀で斬りつけ重傷を負わす。逃走後、再び現れた石川は今度は今井を射殺し、制止しようとした彼の妻にも右手に大怪我を負わせる。野方のアパートに潜伏していた石川と小崎を、警官隊はもちろん、河田組員、今井組員が包囲する異様な雰囲気の中、石川は無差別に発砲を繰り返す。薬が切れ禁断症状となった小崎を見て追い詰められ石川は、弾も尽き自棄になって表へ飛び出したところをもみくちゃの状態で取り押さえられる。警察病院に収容された後、彼は殺人及び殺人未遂で懲役十年の刑を宣告される。亡き今井の組を訪れた石川は仏壇を拝ませてくれと頼むが、未亡人はかつて大怪我を負わされた右手を震わせてその願いを固辞する。収監された石川を、親に斬りつけた不義理者として周囲の懲役囚たちがつけ狙う。不安から相次いで暴力騒ぎを起すも、一年六ヶ月の懲役を受けた後、出所した石川は河田組から十年間の関東所払いを食らい、地恵子に体を売らせて獲た金を持って大阪へ移る。この地で肺を病んだ石川は、釜ヶ崎のドヤ街で娼婦からヘロインを覚え中毒となり、売人を襲撃しようとしたところでやはり中毒患者の小崎と出会い、意気投合する。墓参りに訪れたところを河田組組員に襲撃され負傷した石川だが、それでも驚異的な生命力で生き延び、病院生活を経て府中刑務所に収監された。そして昭和二十九年一月二十九日、石川は周囲の制止を振り切って刑務所屋上から身を投じ、二十九年の短い生涯を自らの手で終えた。その日は奇しくも亡妻・地恵子の三回忌の日であった。火葬を終え、地恵子の骨を、手を震えさせながら一つ一つ箸で摘み骨壷に納める石川のサングラスに隠された両目から流れる涙は、頬を伝って灰の上に滴り落ちた。地恵子の骨壷をぶら下げ、死神のように彷徨う石川。河田組に現れた石川は、地恵子の遺骨を齧りながら「そろそろ一家を興したい」と信じられぬ言葉で河田に土地と金をねだる。さらに幹部の神野、松岡からも金を獲た石川は、石材店を訪れ墓石を作るよう要請する。そして「墓にはこう彫ってくれ」と言いながら一枚の紙片を渡した。別の日に石材店を訪れ、黙々と墓石を刻む老石工の横に佇んでいる石川は、なぜか小声で一人笑い、石工に不審がられるのだった。石川の凶暴性を持て余した組長の河田は、「池袋親和会」の青木を消せと示唆する。石川は青木の情婦を犯し、青木を叩きのめす。大幹部梶木を筆頭に復讐のため集結する親和会勢力に一大抗争の危機を迎えるが、河田に縋りつかれた大親分関東野津組組長野津の発案によって、進駐軍に鎮圧するよう仕向けることで事なきを得た。杉浦は野津の盃を受け、組織に同化していく。破壊衝動の収まらない石川は賭場で悶着を起こし、野津から一喝される。逆恨みから野津の車に放火した石川は河田から激しい制裁を受ける、逆上して親分である河田を刺してしまう。今井にかくまわれる石川だが、その身を案じた妻・地恵子が警察に通報したことから逮捕される。