僕を信じて You Still Believe In Me 3. 恋愛への憧れと挫折、威圧的な父親との確執、引きこもり、麻薬、肥満、そしてそこからの奇跡的な回復……『ペット・サウンズ』は、20世紀後半のアメリカ若者文化の光と影を生きてきたリーダー、ブライアン・ウィルソンの、真摯で壮絶な戦いの記録でもあった。会ったよ。でも、この本を書くために会ったわけじゃないんだ。この本はとても自伝的で、ちょっと変わっている。おかしな言い方かもしれないけど、悲しいけど、ちょっと変わっている。でも、ブライアンに会ったのは、本を書き上げた後だ。ブライアンはいい人だ。多くは話せなかったけど、彼に会えてほんとうにうれしかった。ミュージシャンの本を書くにあたっては、その人たちと何度も会うようにしている。でも、今回はそれをしようと思わなかった。日常的な身の回りの出来事から、世界を揺るがすニュースまで、本が扱うテーマは森羅万象。四季折々の年間イベント、仕事、暮らし、遊び、生きること、死ぬこと……。さまざまなテーマに沿う本の扉をご用意しました。扉を開くと読書の興味がどこにあるのか見えてきます。1953年、アメリカ、ニュージャージー州ホーボーケン生れ。イタリア系アメリカ人の家庭に育つ。『NYPI』(邦訳は講談社文庫刊)から始まった探偵小説のシリーズのうち、「HARD,HARD CITY」は2004年ミステリー・インク・マガジンのベスト・ノベルに選ばれた。ウォール・ストリート・ジャーナルなどにロックやポップスに関する寄稿をしている。『ペット・サウンズ』はロックの名盤をテーマにしたContinuum社の「33 1/3」シリーズの一冊として刊行された。『ペット・サウンズ』は、ほんとうにすごいアルバムだった。ロックが勢いを持っていた時代の最高の1枚だ。だからその意味では、今の質問に対して、「イエス」と答えられると思う。でも、あのアルバムがほんとに理解されているかと言えば、そうとは思えない。『ペット・サウンズ』が好きな人たちも、このアルバムのすごさをほんとうに理解してはいないんじゃないかな。「素敵じゃないか(Wouldn't It Be Nice)」や「スループ・ジョン・B(Sloop John B)」や「神さましか知らない(God Only Knows)」が好きな人はもちろんいる。でも、そんな彼らも、『ペット・サウンズ』も、しょせんビーチ・ボーイズのごきげんな曲を集めただけのアルバムだ、と思っているんじゃないだろうか。『ペット・サウンズ』には、それ以上の何かがあるんだ。無垢な感情を失ってしまう複雑な気持ちや、人と違うために払わなくちゃいけない代償について、とても深いことが語られている。『ペット・サウンズ』を心から愛している人の多くは、ちゃんとそのことがわかっている。それがわかっている人は、アルバムに深くのめりこんでしまう。『ペット・サウンズ』における絶対的な存在は、何といっても、ブライアン・ウィルソンだ。ブライアンが言いたいことは、彼がトニー・アッシャーと一緒に書いた歌詞だけが伝えるわけじゃない。ブライアンの音楽とアレンジ、そしてプロデュースも、彼の言いたいことを伝えている。『ペット・サウンズ』は、ほんとにすごい芸術だ。まさしく。どの基準で考えてもそうだ。『ペット・サウンズ』は、今生きている誰の人生より長持ちするだろう。ほんとにそうだ。僕ら全員がそれぞれの人生で経験する時間がここには凝縮されているし、社会学的に大衆に訴える力ももっている。まさに音楽版『キャッチャー・イン・ザ・ライ』だ。この音楽にはほんとに驚かされてしまう。ちょっとぎこちなく聞こえるけど、すっとメロディが流れてゆく。論理的じゃないけど、やっぱりすばらしいとしか言いようがない。まっすぐなんだけど、複雑。こんなのは、ポップ音楽の歴史になかった。そしてポップ音楽にないものをたくさん備えている。楽器のアレンジなんて、ハリー・パーチ(Harry Partch[1901-74]:独自の微分音音楽の記譜のために、1オクターブを従来の12音程ではなく43音程に分割する特殊な記譜法を考案した。作品は作者自身の発明になる特殊な楽器を使わなくては演奏できなかったので、広く注目されなかった)とジャック・ニッチェ(Jack Nitzsche[1937-2000]:ロックミュージシャン・作曲家・アレンジャー。フィル・スペクターやローリング・ストーンズ、ニール・ヤング、そしてマイルス・デイヴィスらと仕事をする。映画音楽も手がけ、映画『愛と青春の旅だち』[1982年]の主題歌でアカデミー賞受賞)が試みたようなことを、同時にやっているようだ。ヴォーカルのアレンジもすごい。ブライアンのようなヴォーカルのアレンジは、誰にもできないよ。カール・ウィルソンとデニス・ウィルソンは亡くなっている。デニスにはずいぶん昔に会ったことがある。でも、今回はほかのメンバーには会わなかった。アル・ジャーディンとはLAタイムズ・ブック・フェスティバルで一緒になったけど、話をしようとは思わなかった。もちろん『ペット・サウンズ』に関しては、ほかのメンバーはほとんど何もしなかった、と言いたいわけじゃない。たとえばカールは、「神さましか知らない」で、ほんとうに見事なヴォーカルを聴かせてくれている。でも、『ペット・サウンズ』はやっぱりブライアンのプロジェクトだ。それは紛れもない事実だし、ブライアン自身もソロアルバムとして出そうとしたんだ。特に予定はない。でも、きっと書くと思う。以前は、ポピュラー音楽に関する本やミュージシャンの伝記は書きたいと思わなかった。というのは、僕は小説家を目指していたし、小説家として自立したかった。でも、それはちょっと愚かな考え方だとわかったんだ。だって、それはたくさんの人たちが「ウォールストリート・ジャーナル」を読んで、ナショナル・パブリック・ラジオを聴いているんだから、小説だけ書いて食べていこうだなんて、なかなかむずかしいことだと思う。そして不愉快なことも一つある。ベビーブーマー世代の人たちは、ロックはすでに死んだ、1975年を境に死んでしまった、とどうやら思っているようだ。僕は以前、ロックの黄金時代の変遷について書いたことがあるけど、今なおロックは生きている。今のロックもイカしているよ。僕もいいロックをたくさん聴いているし、同じ世代の人たちにも聴いてほしいと思う。きっと楽しんでもらえるはずさ。だから、たぶん今のロックで何か書くと思うよ(笑)。このインタビューは、2005年5月末、本書『ペット・サウンズ』刊行直後に行なわれました。ブライアンは、ちょっと変わっているけど、とても興味深いコードを使っている。だからベース・ラインと合わせて、そのコード進行を実際にみなさんに聴いてもらおうと思ったんだ。実際に演奏して聴かせることで、そのコードやベース・ラインがどれだけすばらしいハーモニーを作り出したか、みなさんに知ってもらおうと思ったんだ。さらに、ブライアンの音楽は「苦しみ」を含んでいる。その苦しみが見事なレコーディングや美しいヴォーカルによっていかに巧妙に隠されているか、それも知ってほしかったんだ。でも、僕はただお客さんの前に座って、何曲か演奏してみただけだよ。ごくごく小さなコンサートを開いただけだ。でも、僕は楽しかったし、お客さんも楽しんでくれたようだ。「神さましか知らない」を、みんなで一緒に歌ったりしたんだ。ほんとに楽しかったよ。お客さんもたくさん来てくれたし、予想以上の結果が出せたんじゃないかな。だって、お客さんは、ちょっと暗い顔で、「おいおい、この音楽評論家は、調子はずれの歌を歌って、安っぽいギターをジャカジャカかき鳴らしているぞ」とヒソヒソ話していたから(笑)。でも、ほんとに気持ちよかった。そんなことをしたのは一度だけだけどね。でも、版元のコンティニュームの人たちと、またやろうか、と話しているよ。1949(昭和24)年、京都市生まれ。早稲田大学第一文学部卒業。1979年『風の歌を聴け』(群像新人文学賞)でデビュー。主な長編小説に、『羊をめぐる冒険』(野間文芸新人賞)、『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』(谷崎潤一郎賞)、『ノルウェイの森』、『国境の南、太陽の西』、『ねじまき鳥クロニクル』(読売文学賞)、『海辺のカフカ』、『アフターダーク』、『1Q84』(毎日出版文化賞)、『騎士団長殺し』がある。『神の子どもたちはみな踊る』、『東京奇譚集』などの短編小説集、エッセイ集、紀行文、翻訳書など著書多数。海外での文学賞受賞も多く、2006(平成18)年フランツ・カフカ賞、フランク・オコナー国際短編賞、2009年エルサレム賞、2011年カタルーニャ国際賞、2016年ハンス・クリスチャン・アンデルセン文学賞を受賞。『ペット・サウンズ』があまりに悲しいからだ。この本を読んでもらえれば、僕がそう考える理由がわかると思う。『ペット・サウンズ』は、とてもきれいなアルバムだけど、同時にあまりにも痛々しくて、僕は聴くのがとてもつらい。それを聴いてしまうと、僕は自分の人生でいちばんむずかしかった時期を思い出してしまう。自分は孤独だと感じていたあの時期のことが、頭によみがえるんだ。ブライアンの言葉と声と音楽とアレンジは、彼は一人ぼっちである、と僕らに教えてくれる。それと同じように、僕も自分は一人ぼっちだと感じてしまっていた時期がある。その時期を思い出してしまうんだ。だめだよ、誰かいてくれないと、『ペット・サウンズ』は聴けない。一冊の本には、他のいろいろな本とつながる接点が隠れています。100年前の物語や、世界の果ての出来事と、実は意外な関係があるのかもしれません。本から本へ、思いがけない出会いの旅にでてみませんか。どのルートを選ぶかは、あなた次第です。織田信長に一族を滅ぼされ、武門の再興をはかりながら、絵筆に生涯をかけた。そう。この本には曲のコード進行などが詳しく書かれているから便利かもしれないし、それに目をつける人もいると思う。そのようにして読んでいただいても、うれしい。『ペット・サウンズ』の音楽が何といってもいちばん重要だ。それは認めないといけない。それが大切だ。『ペット・サウンズ』に入っているほとんどの曲の基本的なコード進行を、僕は書きこんだ。ベースの音程の取り方も少し書き加えた。もちろん、ブライアンが参加ミュージシャンに演奏させた曲は、ギターだけでは表現できない。少なくとも僕はそう思う。でも、本書を読んでくれた人たちから、僕はメールをもらうんだ。あなたがこの本で説明しているコード進行を元に、いろんなアレンジを加えて、ブライアンの音楽を演奏していますって。僕は作家だから、次に何を書くかには、まだ話すべき段階じゃないと思う。来年(2006年)に刊行される予定の犯罪小説に、僕の作品も収録されるはずだ(オーディブル社が2007年9月25日から配信を開始したオーディオ・ダウンロード小説『ショパン・マニュスクリプト[The Chopin Manuscript]のこと。ジェフリー・ディーヴァー、リー・チャイルド、ジョセフ・ファインダー、リザ・スコットラインなど、15人の有名なスリラー小説の作家たちとともに、ジム・フジーリも1章を執筆している。)短篇小説とあわせて、ブライアン・ウィルソンとビーチ・ボーイズについての本を書くことで、僕は作家として成長できたと思う。だから次の作品には、僕が学んだことを生かしてみたい。〈とんぼの本〉は、1983年の創刊。 美術、工芸、建築、写真、文学、歴史、旅、暮らしをテーマにしたビジュアルブック・シリーズです。 ペット・サウンズ・レコードにて2006年デビュー時から応援している1981年生まれ女性シンガー・ソングライター、寺尾紗穂。2018年冬にわかれての作品を経て、2017年作『たよりないもののために』から約3年ぶりとなるオリジナル・ソロ・アルバムが遂に発売! 素敵じゃないか Wouldn’t It Be Nice 2.